アレッポの石けん、愛用中

基本的に日本製の商品を、地産地消を心がけているのだが
唯一、海外産を使いつづけているジャンルがある。
洗顔に「アレッポの石けん」という商品を使用しているのだ。


この商品に出会ったのは、少なくとも3〜4年以上前。
The Bodyshopが買収され、創業者が追い出されて以降のことだ。
(ちなみに現在の日本での経営はイ才ングループ=ユ偽フ協会がからんでいる)
それ以降、洗顔剤に関してはジプシー生活が続いていた。
入手しやすい&コストパフォーマンス&使い勝手的に、これ!という商品がない。
ただ、経験的に洗顔フォームはどうも合わないなという感覚があったので、
固形石けんに的を絞って、あれこれ試していた。
そんな時、チェーン系ドラッグストアの一角で、この石けんを見かけたのだ。


パッと見の印象は「あれ?マルセイユ石けん?」だった。
カーキ色を日灼けさせたような、独特の色が似ているし、同じようなタイプの刻印が打ってある。
ひっくりかえして主成分を見ると「オリーブオイル」の文字が。材料も似たようなものの様子。
それでは産地は? 
原産国に「シリア」の文字。
中東〜〜?
……あまりに意外な成り行きに、一瞬思考が固まってしまった。
頭の中で世界地図を思い出す。
シリアというと……確か、ヨルダンの近くのはず(当時の認識はこの程度)
……と、いうことは、地中海の沿岸か。
…………
…………
…………ふむ。
考えてみりゃ、マルセイユも地中海の沿岸だ。
現在、マルセイユ石けんとして世界に名高いオリーブオイル石けんのレシピが
どこが発祥の地かは知らないが、北海沿岸のキリスト教修道院てこたぁないだろう。
オリーブオイルが豊富に手に入る場所、地中海のどこかで発案されて、
それがオリーブの分布図と重なるように広がっていったのだろう。
だとしたら、中東で同じような石けんが作られてもおかしくないわけで。
なぜシリアなのかが不明だが、フェアトレードみたいなものかもしれない。
んじゃ、購入してみるか。


と、軽い気持ちで試してみたのだった。
肌のハリが!のような劇的効果はないが、洗顔フォーム系を使った時のように肌が荒れることもないし
ネットを使えば濃厚な泡が立って手軽に洗顔ができる
駅前のチェーン系ドラッグストアで簡単に手に入るのもありがたい。
そして、コストパフォーマンスがいいのだ。
単価は600円強だが、かなり大きめの塊―一般的な石けんの2〜3倍くらいの大きさなので
切り分けて使うことになる。
つまり、一度買えばしばらく買わなくていいので、出不精ライフにもピッタリだ。
このような成り行きで、ずっと愛用を続けてきた。


そんなアレッポ石けんライフに異変が起こったのは2012年のこと。
シリアで内線が始まったというニュースだった。
『首都・ダマスカス』という単語を聞いた時には
「ダマスカス・ソードの産地が。かつては高度な文明が栄えた地であったろうに」と
なかなか複雑な、しかし遠い離れた地での話として聞いていたのだが、
『戦火がアレッポに拡大』のあたりから事情が変わってきた。
アレッポ?どこかで聞いたような? ……あ!
あわてて未使用の石けんを取りだし、商品名を確かめる。
やっぱり! うちで使ってる石けんの産地だ!
「もしかして、入手できなくなるのでは?」とあわててオフィシャルホームページを検索したが、
内容はおそらく、問題が表面化する前に作られたままの、実にのんきなもので
内線の「な」の字もない。
ニュースでシリアの内情……独裁政権下にあると聞いた今となっては
「この石けんは悪い人の独占販売だったりはせんだろうな」と不安な心持ちにもなる。
とにかく、はっきり悪材料が出るまでは使おうと決意。
しばらくして、気持ちも落ち着くと
……どこか遠い国の戦火が、物流を通じてこの極東にまで影響するのだな、とか
現地の人は石けんどこの騒ぎじゃねーんだろうな、と
様々な気持ちがこみ上げてきた。


それ以降、内戦は収まらぬまま、
アレッポの市場もほとんど焼失したというニュースを聞きながら、
石けんを入手し続け、使い続けていた。
いつまで使えるのだろう、とドキドキしながら。


さて、そんな2013年の猛暑日
無事にアレッポの石けんを入手し、いつものように使いやすい大きさに切断する。
……ん? なにかいつもと違う。包丁がスッと入る。
いつもなら途中で割れてしまう石けんが、こちらの思った通りのサイズに切れてくれた。
あらラッキー、でも何故?
石けんのレシピが替わったのかな? それとも熟成度が違うとか?
などとつらつら考えていて、はたと気づいた。
気温だ。
猛暑日と呼ばれる連日30度越えの気温のせいで、石けんが柔らかくなっているのだ。


おお猛暑こわい、などと思ったあと、もうひとつ気づいた。
おそらく、この気温がシリアの日常なのだ。
いつもの――途中で石けんが割れてしまう日本の状態がデフォルトなら、石けんの切り分けができるわけがない。
むしろ、もっと切り分けしやすいように、石けんの成分の配合を替えるはずだ。
……そうか、こんな暑い日々がいつまでも続いてたりするのか。
この気温の中、クーラーも上下水道もない難民キャンプで過ごさなければならないのか。
……キツいだろうなぁ。


アレッポの石けんを愛用する身の上として、
石けんを作ってくれる人、石けんを日本への流通ルートに乗せてくれる人々の幸福な生活を、
すなわちシリアの内戦の終結と、その後の安定した政権運営を願ってやみません。