The Temple Dancer

英国ロイヤルバレエのDVDで予習はしていった訳だが
半分くらいしか役に立たなかったよ!
なんつーかこー、TVアニメ「機動戦士ガンダム」と
シュミレーションゲーム「ギレンの野望」くらい違う内容になっていたよ。



ペテルスブルグ軍団(自分的な)真打ち
レニングラード国立バレエの「バヤデルカ」を鑑賞してまいりました。
……1/6,1/8の両公演。
こちらは好きこのんで買ったのさ、自分の意志で。
何だろう、この敗北感……


だがそれも幕が上がるまでのことでしたとさ。



ファルフ・ルジマトフという踊り手はどうしてああも、
一挙手一投足が観客の注意を奪うのか。
その源を見極めたくて金を払っているとも言えるのだが
到達できる気がしない。
弓を渡す手つき、壁にもたれて腕を組む姿勢、一つ一つに
緊張感がみなぎっているとでも言えば良いのだろうか?
だが、他の踊り手がたるんでいる筈もないし、手を抜いている訳でもない。
ルジマトフ氏に、何かプラスアルファがあるとしかいいようがないのだろう。
その「何か」が解明できれば、もう少しバレエから距離を置けるのだが。


つー訳でとりあえずルジマトフ氏には白旗を上げさせていただいて(敗北主義者っ)
他の点を。
ニキヤ役のイリーナ・ペレンが想像以上に良かった。婚約式の黒ブラサイコー!
美女には不幸が似合うんだなぁと認識を新たにしました。
そのニキヤと登場するなりキャットファイトを演じて下さった
ガムザッティのオクサーナ・シェスタコワもいいカンジに腰回りに脂が乗っていて好みでした。
ペレンもなにげに乳揺れてたし、これくらい健康的な方が好きだなぁ正直。
リフトする側には別のご意見がありそうですが。
英国ロイヤルバレエではラスト近くだった黄金の仏像の踊りが、
こちらでは婚約式の出し物の一つになっていてちょっと興味深かったり。
英国版では『俗世と幽世の境界が崩れつつある』みたいな前兆としてあの扱いだったが
こちらではどういうポジションになるんだろ。金粉塗った芸人という設定なの?
第二幕の婚約式は、仏像の踊りに限らず全体的ににぎやか&極彩色で、
太鼓は鳴るはちびくろサンボはぐるぐる回るはで少々度肝を抜かれた。
そもそも、象に乗って花婿登場ってどうなんだ。
このためだけに運んできたんか、その張りぼての象。
もっと地球に優しい公演体制を心がけろよ芸術顧問。
演出的に気になったのはそのくらいで、全体的には緊張感のある心理劇でした。


内容を鑑みるに、登場人物に罪なき人っていないんだよね。
*ニキヤ……超常存在(神?仏?)につかえる巫女なのにソロルと恋仲
     錯乱してガムザッティを殺そうとした
ソロル……巫女ニキヤと恋仲
      聖なる火にニキヤとの愛を誓ったのに命じられるままガムザッティと結婚
*ガムザッティ……ニキヤをタコ殴り&ニキヤ殺し
*藩主……ニキヤ殺し
*アイヤ(召使い)……ニキヤ殺し
*マグダウィア……ソロルとニキヤの恋仲を手助け
*大僧正……聖職なのにニキヤに言い寄る
役が付いている中で無実なのって、ソロルの友人の隊長くらいか。 
この中で生き残ったのが大僧正というのが面白いな。
ニキヤへの恋慕は成就しなかったからノーカンてことでいいのだろうか?
それでも、薬と引き替えにニキヤに自分のものになれと示したのはどうかと思うが。
……しかし、それでも神殿崩壊後のラストは、
ニキヤに導かれたソロルが冥界へ向かう英国版より
今回の、ニキヤとソロルの魂の結合の象徴たるスカーフが天へ登る&
それを見上げる大僧正の方がいい幕切れだと思う。
生き残ったというより、召されそびれた哀れな男一人といった雰囲気とでもいうか、
奇跡を目の当たりにするというのは、奇跡をその身に受ける訳ではないのよね。
聖なる火が勢いを増して燃えさかるのがまたよろしい。
……書いててつくづく思ったが何教なんだこの世界。
建前としてはインドらしいが、火は崇められてるし仏像は踊るし。
ルジマトフ氏は今回の上演のためにインドへ旅したと聞いているが、
トゥーランドットのために中国を訪れる程度の意味しかなかったんでない?
ああ、何教のついでに、一幕の冒頭で神殿総出で宗教儀式を行う中
苦行僧が聖なる火の周囲に集まってナイフを振りかざす動作があるが、
あれも何なのだろう?
最初、供物の動物か何かを捧げるマイムなのかと思ったが、
よく見ると自分たちの体を傷つけてるみたいなんだよな。
(ヨーロッパの人が考えるオリエンタリズムの混合だと考えれば、それまでだが)



ふと思ったが、旧約聖書的な「罰する神」の象徴かも>聖なる火
作り手=プティパは、モーゼの前に現れた「燃える茨」的なものを
無意識のうちに投射したのかもしれない。
そやって考えると、おいてきぼりの大僧正が、カナンに入れなかったモーゼと重なるな。
……妙に大僧正に好意的なのは、演じたドルグーシンがいい仕事してたからです。
セリフも踊りも一言もなしに、あそこまで表現できるのは素晴らしい。
特に婚約式のニキヤが殺されてしまうことへの怯えはすばらしかった。
花かごを持って笑顔で通りすぎてゆくニキヤに差し伸べる手!
……無言のバレエだからこその、万感の表現でしたわー。



この婚約式のラスト近くは、ソロルとニキヤの表現もすばらしい。
毒蛇にかまれて苦しむ間に毒が回り、倒れるニキヤ。
大僧正に解毒薬(霊薬みたいな万能薬だろう)を勧められたニキヤは
思わずソロルに視線を投げる。
ここでソロルと視線がかち合うのだ。
それまではニキヤが、座の主役の花婿ソロルに踊りながら視線を送っても、
ソロルはじっとうつむいたきりだった(そりゃそーだ)。
ニキヤが倒れてはじめて取り乱し我を忘れ自責の念も社会的立場も忘れ、
じっとニキヤを見つめてしまったのだ。
視線を一瞬見交わすふたり、
この後の対応は初日&最終日の2パターンで別れるが、
ソロルは視線を逸らさない方が良い気がするな、自分は。
ソロルの目の前で大僧正を受け入れることを拒み
ニキヤはむしろ死を選ぶ、の方が正しいと思う。
(英国版は、ニキヤ無視して去っていくソロルの背中に絶望&薬を拒絶して死、だった)
んでもってソロルがとうとう立場を投げ捨ててニキヤに駆け寄り、
屍をひしと抱いて幕が下りるのだ。
一幅のレリーフのように、まさに時間を切り取ったような幕切れだった。


こうやって書き出してみると、ずいぶん近代的だな「バヤデルカ」。
超常的魔法は存在するが、それより社会的なものが人々を支配している。
大僧正がいさめても藩主がニキヤを殺すあたりが、実に象徴的だ。
神もカタストロフを引き起こすことでしか、現世に介入できないでいる。
……そういや英国版はTemple dancerとあるが、
ちょい森鴎外の「舞姫」的なところもあるな>バヤデルカ。
主人公が何もできないでいる間に事態が進んでゆくあたりが特に(笑)。
まぁ豊太郎と違ってソロルは誰かを逆恨みしている様子はないが。



全体的に、たいへん丁寧な演出がほどこされていて、
何もかもが腑に落ちる作品でした。
第三幕の冥界=影の王国ですら、割と気に入った。
青白いライトの中で踊る白いチュチュの集団に好意的な気持ちを抱くとは思わなかった。
(なんかバレエ的には素晴らしいシーンらしいが
次から次へと同じポーズで物陰から人が現れるって、個人的にはドリフだと思う……)
ニキヤとソロルの魂が結ばれる……かぁ。
神との誓いで結ばれた二人が、互いに心を残したままこの世とあの世に引き裂かれて
阿片でトリップしたソロルが、冥界への扉を開けちゃうってことだよね。
んで魂が結合したままソロルがこの世に帰還
=扉が閉じきらないまま、結婚式でニキヤが登場し、
この世がそのまま冥界と地続きになってしまった、と。おお恐ろしい。
……実際、結婚式に登場するニキヤは、最後まで白いヴェールで顔を覆っており、
日本人的には「貞子が!貞子がいる!」みたいに思える。
(正確には貞子のビデオの中に出てくる映像なんだけど:顔を覆った人物)
ソロルも含め、誰もニキヤには気づかない演出になっており
(英国版ではソロルにだけはニキヤの姿が見えて、ソロルすっかり錯乱状態)
突然頭上から花が降ってきて、前にも同じことが=ニキヤの舞だ!と一同が気づく仕組み。
(ここでもマグダウィアがガムザッティに花かごを差し出す演出が入る場合と
それがない場合があるけど、ない方がいい。賢しらな人間界の証拠的なものは要らない)
んで雷鳴が轟き、現れるニキヤの亡霊! もう一人の正統なる花嫁!
コリントの花嫁か青銅のヴィーナスか、実に恐ろしい展開だ。
人々が恐れおののく中、神殿が崩壊して何もかもを押しつぶすのだが、
この時のソロルの動作も、初日と最終日では異なっていたような……?
初日は舞台上手で立ったまま、天を示すような動作をしたたま暗転しており、
それが異様な存在感を醸し出していて
「神殿お前が落としたのかよ」とツッコミを入れたくなるほどだった。
最終日は踊りながら舞台を上手〜下手へ横切って、そのまま下手に引っ込んだように思う。
好み的には初日もありかと思うが、
初日の祟り神的存在感の演出で、ルジマトフ氏のソロルを終わらせるのは、何か違うだろう。



ルジマトフ氏に触れてないのにこの長文……どうなんだ自分……
ともかく、素晴らしい舞台であり、
素晴らしい演者の皆様でした。感謝!