「This is It」(&ムーンウォーカー)


This is It」「ムーンウォーカー」そして「This」アゲイン。
二回目となると頭に展開が入っているおかげで、気づかなかったことも見えてきた。
例えば冒頭のダンサー達のトーク
日本語字幕を見ると、これからオーディションが始まるっぽい雰囲気だが、
彼らの目はほとんどが濡れているし、鼻の下に鼻水が流れた後の人もいる。
(唯一泣いた形跡がないのは「マイケルからインスパイアされて今の俺がいる。
 だから、俺が今度は皆をインスパイアしてゆく」とコメントした黒人男性だけ)
おそらこのパートは、マイケル訃報後にもう一度バックダンサーを集めて
彼らに語らせた膨大なフリートークの中から、ほんの一部を抜き出したのだろう。
構成って怖い!


かくて幻のコンサートの幕は上がる。
表面をモニターで覆われた宇宙服(パワードスーツかい!)から出てくるOPに
トースターと呼ばれる高速せり上がり、燃えるジャケット、3基の送風機、花火
縫製するのにサングラスが必要なほどキラッキラなスワロフスキーのジャケット
止めはシルクドソレイユ真っ青のアクロバットダンサー!(エアリエルと呼ぶそうだ)
コンサートというよりショウと呼ぶ方がいいような、大がかりな仕掛けの数々。
どうかすると個々に観客の目を奪ってワル目立ちしそうな、これらのガジェットを
1つのコンサートという流れの中に引き込むのが、マイケルのパフォーマンスだ。
いわばマイケル・ジャクソンという生身の男が起こす竜巻に、
ダンサーや観客という有機質、クレーンや花火、ガジェットなどの無機質、すべてが
巻きこまれて解け合い、1つの熱狂の坩堝になるのが、このコンサートの設計だろう。
そして、それが実現しただろうなと思わされてしまうのは、
衰えを全く感じさせない、マイケル・ジャクソンのパフォーマンスだ。
御年50であのキレ、あの動き! 
夜眠ることができず麻酔薬を処方してもらっている人間の踊りなのか、これが。
もちろん、衰えが絵面に全く出ていない訳でもない。
履いているズボンは太股のあたりでもうブカブカだし、
ジャケットも肩幅は合っているが体の幅と一致していない。
天下のマイケルが吊しを買う訳がない。クチュールであの状態ってことは
服を作った時(数日間ではないにしても、せいぜい2,3年だろう)に比べ
相当に痩せたということなのだろう。
にもかかわらず、彼の動き、一挙手一投足に至るまで
危うさ、不安定さ、弱くなりつつある兆候、そういったものの気配がない。
こちらに情報、言い換えれば先入観があるにもかかわらず、そう思ってしまい
そう思わされてしまうのだから、これはもうマジックの領域だろう。


演目は「ファンの聞きたい曲をやる」という記者会見の言葉通り
マイケルの代表的な、耳馴染みのある曲ばかりだ。
それらの曲に合わせたライブ・舞台ならではの映像やパフォーマンスが
金と技術を惜しむことなく準備されている。
特に「Thriller」のあたりは凄い。3D映画のプロモを撮影してスクリーンに投影
同時にパレードのアトラクションのような巨大な人形が通路を飛び回り
とどめにマイケル&ダンサーズが舞台でアレを踊るという大サービスっぷり。
ここだけでも、実現させてあげたかったなぁ。
撮影に立ち会うマイケルがまた可愛らしい。
3Dメガネかけてモニターをのぞき込み「おおっ」とかキャッキャしてる。
口にくわえてんのがチュッパチャプスだしな!
(つーか、アメリカはガンガン3D導入してるなぁ。どうなんだろ。
日本はやっとポリゴンでアニメ作るのが定着してきたところなのに)
3Dスリラーは、冒頭が古屋敷の中のシャンデリアで遊ぶ幽霊たちで始まっており
ちょっとホーンテッドマンションを連想させる。
そういえばマイケルが出演したキャプテンEOも3Dだったなぁ。
あれも音楽で戦うという、マイケル・ジャクソンらしい内容だった。
歴代のディスニー3D作品の中では一番好きなのだが、再上演はないのだろうか。
♪We are here to change the world♪



この「音楽で戦う」というモチーフは、「ムーンウォーカー」にも共通している。
SpeedDemonをBGMにクレイアニメでウサギになったり、
SmoothCriminalでギャングになったりした挙げ句、
(この映画そのものが、PVをつなぎ合わせたような構成になっており、
マイケル本人の芝居はほとんどない)
映画のクライマックスでギャングのマシンガンに囲まれたマイケルは
どーゆーワケがロボットに変身してしまう。
それだけでもオイオイなのに、ロボボイスの超音波でガラスを割り
ギャングのマシンガンを破壊したマイケルロボは
今度は宇宙船に変身して宇宙へ飛びだってしまうのだ!(待てコラ)
実はsmoothCriminalで襲撃された後も、車に変身して追跡を振り切った節があり
伏線があるっちゃあるのだが、それ常識的に伏線になってないから。
映画としては、意欲作を通り越して怪作と呼びたい内容だが、
「This is It」と合わせて見ると、マイケルのやりたい事というか
内面的なものがほの透けて見える気がする。


やはり、マイケルは変身したかったのではあるまいか?
自身が嫌いなワケではないが、スーパーカーとかロボとか黒豹とか
自分以外のカッコイイものにもなりたかったのではないだろうか。
このあたりの願望が、スキャンダルにもなった外見改造とつながる気もする。
(亡くなった途端「肌の色は病気のせいだ」と一気に手の平返しが行われたが
あの顔立ちが整形に依るものなのは、フォローのしようがないだろう)
This is It」で宇宙服が開いてマイケルが現れるのと
ムーンウォーカーでマイケルロボが宇宙船に変身するのは
マイケル的には同じことを表現したつもりではないのだろうか。
他にも二作品は、キング牧師の「歴史的行進にようこそ!」が使われていたり
オープニングがマイケルに熱狂する観客の様子だったりと共通点が多いが
確信的に合わせ鏡にしているなと思ったのが、Man in the mirrorの使い方だ
ムーンウォーカーでオープニングに使われているこの曲は
This is It」では構成上エンディングに持って来ていることが明らかになる。
アンコールで歌われる事が多い曲らしいので、奇異な構成ではないのだが
(ちなみにThis is Itでは別曲をアンコールに用意していたらしい。
エンドロールに流れるThis is Itなのかは作中では明らかにされていない)
しかし、ほぼ同じ構図で制作された二つのポスターが並んでいるのを見ると、
少なくとも映画This is ItのラストにムーンウォーカーのOP曲を持ってきたのは
意識的なものではないかと思える。
……This is Itから抜け出したマイケルが曲を介してムーンウォーカーに飛び込み
再び観客の前で熱唱していることを願うかのように。


世界中のたいていの人同様、自分も生前は彼のファンではなく
このコンサートが行われたとしても「3Dスリラー、ゴイス!」くらいしか
思わなかっただろうけど、
チケットを買った人々、制作に携わった人々、そして何より
マイケル・ジャクソン本人のために、
このコンサートは実現してほしかったな。と感じる。
ボードヴィルから現れた最後のスター、マイケル・ジャクソン
……魂というものがあるのなら、あなたの魂が自由と安息の中にあるように。