鹿鳴館・草乃のポジション

なんか夏目友人帳チベット問題は定期的に書かなくてはという観念のせいで
かえってブログから縁遠くなっているので
ここらでワケわかんねー方向に走ってみるですよ。


鹿鳴館 (新潮文庫)

鹿鳴館 (新潮文庫)

先日新派とやらで巨大な地雷を踏んだのも記憶に新しいというか
ある意味一生もののトラウマになったのだが
作品そのものは大好きだ。
この中にヒロイン・朝子に付き従う侍女として、草乃という女性が出てくる。
これがなかなか面白いポジションで
第一幕は朝子の腹心として働き
忠言をしたり物事を秘密裏に運んだりするのだが、
一幕最後で妻の動きを怪しんだ朝子の夫に手を付けられ
二幕ではすっかり夫側の配下になってしまう。
そして朝子と一度も顔を合わせぬまま、クライマックス前に退場する役どころだ。



心ならずも夫側に回ることになった二幕冒頭でも、
草乃の心は朝子に重きを置かれており
夫に問われた事は答えはするけど、進んで朝子の秘密を話そうとはしない。
しかし、朝子の最後の、最大の秘密が突き止められてしまい、
ブチ切れた夫が工作の手配を始める段になると、
自ら夫の前に進み出て
「旦那様、私への御用は、女間者への御用は」と申し出る。
そして朝子の夫の指示を受けて舞台を、鹿鳴館を出てゆく。
この時、一度足を止めて夫を振り返り
「私はまだ美しゅうございますか?」と訊ねるのだ。
朝子の夫は「ああ美しいとも」と答え、草乃の肩に手をかけるのだが
草乃はそれを振り払って去る。


この場面をめぐって時々考えることは、
まずはここの心理はどう解釈したものなのか、ということ。
もちろん草乃は自分の容姿を褒めてもらいたいのではない、
朝子の夫が自分への欲望ゆえに自分に手を付けたのではない事も承知している。
草乃の心理では、もっと他の事を訊ねたかったはずなのだが、
それが言葉にならず、とっさに口をついて出たのが
「私はまだ美しゅうございますか」というセリフなのだろう。
(あるいは三島が、適当なセリフを思いつかなかったか?)
だとしたら、このセリフはどんな気持ちを込めて言うべきなのか。
草乃役はこれ以降出番がないので、役者としてはここが最後の見せ所なのだし、
この直前まで朝子の夫が指示していた内容は、
大惨事を引き起こす事間違いなしの恐ろしい事柄、
悪のデウス・エキス・マキナの降臨の儀式とでも言うべき呪言で、
草乃の退場によって、その儀式が完了するのではないか?



その一方でふと考え直す。
ここで草乃が突然ハジケた演技を見せても、舞台の流れ上違和感があるし、
どれほどインパクトのある芝居を見せても、この後訪れる舞台上のカタストロフで
その印象はふっ飛んでしまう。
ならばここは控えめに、第一幕は朝子の影として、第二幕は朝子の夫の影として
バイプレイヤーに徹するのが草乃の役目なのではなかろうか。
実際、舞台の上の役者は、劇団フォーシーズンも新派とやらも、さらりとこのセリフを流している。
(以前、東宝で上演されたこともあったらしいけど、その時はどんなカンジだったのかなぁ)



それにしても、草乃は本当は何を言いたかったのだろう。
「私はまだ美しゅうございますか?」……。
このセリフを置き換えるとしたら
「先ほどのお約束、間違いございませんか」かなぁ。
(朝子の夫は草野に、裏切りの代償として今後の生活を保障している)
これならば夫が肩を抱く=本人的には草乃を安心させるつもりの動作につながるし。
しかし、このセリフだとなんか草乃が計算高いイメージになるなぁ。
うーん、うーん。
他には、先刻受けた指示をもう1回繰り返して「×××でよろしいのですね」とか?
これに対しては朝子の夫「うむ、それでいい。行け」とかかなぁ。
……結局、ここは草乃が朝子夫へ、朝子包囲網を確認する、
イコール共犯者としての繋がりを求める流れなのかな。
あくまで朝子に対する共犯者であって、朝子夫への感情はないから
肩とか触られると払ってしまうのかもしれない。
いやいや、野郎嫌いの可能性もあるかもな。三島は「班女」も書いているし。


などと、よしなし事な連想は尽きないのだった。
やっぱいいなぁ、「鹿鳴館」。