庭先のユージンたち〜ナミアゲハの選択

今年は6月に入ってから、気温が低めの日々が続いている。
おかけで衣替えだーと張り切って引っ張り出した半袖の服が、部屋の隅でてんこ盛り。
今朝なんか、とうとうガスストーブ出しちまったい。


さて、そんな気温の低い庭先でも、時は過ぎてゆく。
柚子の状態はどうだろうと確認してみると、ナミアゲハ
自分が食べつくした枝先で、奇妙な形でじっとしている。
この形……こいつココでさなぎになる気だ!
なんという無精者!
さなぎになる前に、どこかいい場所がないかせっせと探すのが普通だろ!
すでに蛹化への過程が始まっているかもしれないものを、動かすわけにもいかず
この幼虫は結局、柚子の枝先で完全に蛹になってしまった。
色合い的に、完全に柚子の葉と同化していて
「そりゃあ、この葉っぱ喰いまくったんだから同じ色だよねぇ!」と
ツッコミ入れたくなるくらいに、緑色だ。
これ以上タマゴを生まれないために、保護ネットかけようと思っていたのに、どうしてくれよう。


そんな出来事の後の今朝、他の鉢植えを確認してみると
こちらでも食い尽くした枝先で蛹化を始めている幼虫を確認。
いい加減にせーよ、こやつら。
確かに昨日は雨だったけどさぁ、それにしても怠惰すぎでしょ。
こっちにも保護ネットはかけられない。
なにやら悪循環に陥りつつあるのを自覚しながら、
キアゲハ召喚に失敗したあげく無駄に花を咲かせつつあるパセリの鉢植えを見てみると
(やけに文章にトゲがあるが、そういう気分だったのだ)
つぼみの先端に緑色の幼虫が。
やったーキアゲハたん来た……いや違う。
キアゲハにしては黒が少なすぎる。これはナミアゲハだ。
ナミアゲハの幼虫が……縮んでいるような?
さなぎになる直前と形が似ているけど、それにしちゃ少し小さい。
迷子になったんなら柚子の枝に戻してやるかと親心を起こし(ダメ人間め)
幼虫をそっと触ってみたが反応がないい。
うーん、本当に蛹化を始めてるのかな。でも、どうしてこんなに小さなままで?
謎の現象に頭をひねりつつ、パセリの鉢植えから手を引いた後、
ふと、思い出したことがあった。


今から数年前の夏、庭の隅の樹木の枝で、ナミアゲハの幼虫を見つけたことがあった。
そこは柑橘類の鉢からかなり離れた場所で、
終齢になったばかりといったサイズの幼虫は体中が妙にしわしわだ。
何日か前に台風が来て、風が吹き荒れたことがあった。
その時に飛ばされてからずっと、この樹木付近でウロウロしていたのかもしれない。
「なにやってんだかな」と柑橘類の葉っぱの上に戻してやると、
その幼虫は、葉っぱの匂いを確かめるように頭を動かし、
食べようとするかのように頭を動かしたが、やがて顔を背けてポトリと柑橘類から落ちてしまった。
「あらあら、何やってんの」ともう一度戻してやるが、やはり同じ行動。
これはもう、自分で咀嚼する力も葉っぱにしがみつく力もないのかもな、とそのままにしておくと
夕方には柑橘類の近くの壁で、さなぎになる準備を始めていた。
「こんな弱った体のままでさなぎになってもダメだろう。
せめて食べて体力を取り戻した後になればいいのに」
そんなことを考えながら、硬直したような幼虫のシルエットを見やる。
決して羽化することのない蛹になるためのメタモルフォーゼ。
二度と目覚めることのない眠り。
なんとも物悲しい気分になって、幼虫を眺めていた自分は、
ふと、この光景が何かに似ていると思い当たった。
「パンドラ〜ブギーポップ・イン・ザ・ミラー〜」のユージンの最期だ。

偶然知り合い、そのままつるんで行動するようになった少年少女のため
天色優こと人造人間ユージンは所属した組織を裏切り、少年少女を助けるための戦闘に加わる。
勝利はしたものの深い傷を負った彼は、生体を維持するために冬眠モードに入る。
満身創痍のこの状態での冬眠は、もう一度目覚める可能性はかなり低い。
……ナミアゲハの幼虫の場合、満身創痍ではないけど、
生命の危険と判断して、蛹になることを選んだのだろう。
幼虫のままでは死んでしまうから、蛹化して、蝶に変われることに望みをつないで。
季節は確か、夏も終わりかけており、もし羽化できたとしても虫命を謳歌できる時間は少なく
自分は複雑な気持ちにかられて、しばらく見つめていたものだ。
……結局その蛹は羽化することはなく、秋になった頃見えなくなっていた。


今、キアゲハ達が柑橘類やパセリの枝で蛹化しているのも、そういうことかもしれない。
急な気温の変化に、このままでは生きてゆけないと判断し、
さなぎになることを選択したのかもしれない。
最適な場所を探す余裕もなく、手近な場所で蛹化を始めるほど、緊急に。
そう考えると、葉の色に溶ける緑の蛹がなんと痛々しく感じられる自分だった。


人間的には暑い夏は嫌だけど、昆虫や植物にとっては良い夏が来ますように。